1 設立趣旨

阿蘇の草原には、ハナシノブやツクシマツモト、ツクシトラノオ、ケルリソウ、タマボウキなど、国内では阿蘇だけに自生する貴重な植物が数多く生育しています。こうした阿蘇の野の花の多くは、氷河時代に中国大陸や朝鮮半島を経由して日本に渡ってきたものと言われています。阿蘇の野の花は直接に口を開いて自らの歴史を語るわけではありませんが、阿蘇に存在することによってアジア大陸と九州とが陸続きであったことを語る「歴史の生き証人」として阿蘇の地で生き続けています。
 阿蘇の野の花は、採草や野焼きなどの人々の営みと自然の力が釣り合った形で維持されてきた半自然の草原が主な生育地となっています。この草原は、昭和40年代頃まで農業の基盤として不可欠のものであり、農村の暮らしと深く結びついて長年にわたって維持されてきました。しかし、農業の近代化によって機械化や化学肥料の利用が進んだことや、畜産業の低迷によってその存在価値が減少し、草原の存在そのものが風前の灯火の状態になっています。草原が失われることで、そこに生育してきた阿蘇の野の花は生きるための場所を失い絶滅の危機に追い込まれています。阿蘇の地で何万年と生き続けてきた多くの野の花が、今まさに姿を消そうとしています。
私たちは、人と自然とが共生することによって育まれてきた阿蘇の野の花の植物学的価値や文化的豊かさを広く啓発するとともに、この阿蘇の野の花が豊かに咲く草原(花野)を保全・再生を進めます。そして、長い歴史の中で育まれた阿蘇地域に固有の動植物や草原生態系などの生物多様性を、持続可能な方法で適切に保全して、阿蘇に生育する種の絶滅の防止・回復を図り、阿蘇の野の花を未来に引き継いでいくことを目的として、ここに「阿蘇花野協会」を設立いたします。

   
 
     
2 設立に至るまでの経過
昭和2年 熊本の植物の大先達、上妻博之氏(熊本記念植物採集会初代会長、第2回熊本県近代文化功労者)、肥後国野尻村にてハナシノブ採集。
昭和52年 高森町野尻・草部にて熊本記念植物採集会例会開催。ハナシノブやツクシマツモトなどの植物観察会が実施される。
昭和56年 高森町のハナシノブ自生地において、第1回ハナシノブコンサート開催。
平成3年 牛肉の輸入自由化。この影響により、放棄された草原が増え始める。
平成3年 「熊本県希少野生動植物の保護に関する条例」によってハナシノブ、ツクシマツモトなどが指定種となり、高森町河原と波野村中江に保護区が設けられる。
平成7年 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」によって、ハナシノブが国内3例目の特定国内希少動植物指定種となり高森町尾下に保護区が設けられる。
平成10年 阿蘇の野の花を紹介した熊本朝日放送開局10周年記念番組「森高千里の阿蘇の花物語」が、全国放映される。
平成16年3月 有志が、放棄された草原の増加を憂えて、かつて野の花が豊かに生育していた草原の保全・再生事業に着手。所有者の同意を得て、藪刈りや野焼きを行い、放棄地を草原に再生する。
平成16年7月 再生事業を行った草原にヒメユリやツクシトラノオが開花。
平成16年8月 上記趣旨に賛同を得た有志3人で発起人会設立。
平成16年10月 設立趣旨書その他総会資料作成のための発起人会開催。
平成16年10月 総会開催、法人設立を議決する。
平成16年10月24日 設立。今日に至る。